⑨相続手続きに関する日本法と英米法の根本的な違い(3)(プロベートの順序)
更新日:2020.6.24
テーマ⑦、テーマ⑧で述べたとおり、英米法の相続手続きでは、相続財産管理(Administration)が存在するため、非常に面倒ですが、財産が所在する国(の裁判所)ごとでのプロベートが必要です。
今回は複数の国でプロベートする場合の順序について説明します。
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目次
複数の国でプロベートをする際の手続きの順序
英米法の複数の国の裁判所でプロベート手続きをするには、国ごと(裁判所ごと)の優先順位がある点を頭に入れておく必要があります。すなわち、
① 被相続人の死亡時の本拠地(Domicile)がある場所でのプロベート手続き(米国では「Domiciliary Administration」といいます。)と、
② 被相続人名義の財産がある場所でのプロベート手続き(米国では「Ancillary Administration」といいます。)
では違いがあり、一般的に言って①が先で②が後という優先順位があります。
管轄を決めるのは本拠地(Domicile)と財産所在地
法的な点ですが、英米法の裁判管轄の問題として、英米法の裁判所は、原則として、
① 被相続人の死亡時の本拠地(Domicile)がその法域にある場合、又は
② 被相続人名義の財産の所在地がその法域にある場合、
いずれかの場合でその土地の裁判所がプロベートの管轄を持ちます。
この文章では①を「本拠地管轄」②を「財産所在地管轄」とでも呼ぶことにします。
裁判所はこの「本拠地管轄」「財産所在地管轄」いずれかの条件がそろった場合に管轄権を持ち、プロベート申立てを受け付けることができます。
但し複数の裁判所にプロベートの管轄がある場合には、申し立てる順序があります。
「本拠地管轄」が主、「財産所在地管轄」が従、という関係が有る
まずプロベート申し立ておいては、①「本拠地管轄」が主、②「財産所在地管轄」が従、という主従関係があります。
この主従関係はどういう結果につながるかというと具体的には次の通りです。
例えば、死亡時に香港に本拠地(Domicile)があった故人が、香港とケイマン諸島(カリブにある英米法の法域)に財産を残して死亡したとします。
この場合、まず①「本拠地管轄」により香港の裁判所でプロベートができますが、
他方でケイマン諸島の裁判所でも②「財産所在地管轄」を原因としてプロベートができます。
しかし②のケイマン諸島の管轄はあくまで従属的なものです。
したがって、まず先に①本拠地(Domicile)のある香港でプロベートをして香港裁判所の遺産管理命令(Grant of Letter of Administration/Grant of Probate)を取得しなければなりません。
香港でのプロベートが終わった後でないと、ケイマン諸島の裁判所がプロベート申立てができません。
このように、財産があるだけのケイマン諸島の場合、従属的な「財産所在地管轄」を持つだけなので、本拠地(Domicile)がある香港の裁判所と同時並行でプロベートができません。
つまり「本拠地管轄」がある裁判所でプロベートを先行させなければならない、ということになっています。
英米法では本拠地(Domicile=ドミサイル)概念が非常に重要
私の感覚意見に過ぎませんが、これには次のような理由があるのではと考えております。
そもそも英米法では、法律上「本拠地(Domicile=ドミサイル)」というのは、個人について『世界中で必ず一か所しかないもの』とされています。
いうなれば、終の棲家、とか、定住の地、といったようなものです(ドミサイルについてはテーマ⑬も参照)。
「本拠地(Domicile)」は世界に一か所しかないため、ある故人について①「本拠地管轄」を持つ国は世界のいずれか一つの国に必ず特定されます。
他方で、財産というものは、故人の生活スタイルや人生遍歴によって各国に散らばっていることがよくあります。
したがって、ある故人(特に資産家)について、財産の所在を根拠とする②「財産所在地管轄」を持つ国は世界に複数ある可能性があります。
従って、複数ある「財産所在地」よりも、必ず一つに絞れる「本拠地(Domicile=ドミサイル)」が、英語圏では故人(亡くなった人)の法律問題を決める場合に非常に重要な意味を持ってくるのです。
このため、本拠地管轄を主、財産所在地管轄を従、というように位置付けているのだと思われます。
英米法では多重国籍を認める国が多い。その理由は、、、
余談ですが、日本人の感覚からはおかしいを思われがちなのですが、
英語圏(英米法)は多重国籍を認める国(米国など)が多くあります。
多重国籍者を前提にすると、一人の個人について必ずしも一つの国籍地が特定できるとは限りません。
「本国法=国籍のある地の法」の考え方では、多重国籍者については一つに絞るのが難しくなります。
他方で、多重国籍者であってもドミサイルは一つしかありません。
ある故人についてプロベートをする場合、テーマ⑧で説明したとおり、財産が各国にあると、各国ごとに裁判所がプロベートをせねばなりません。
しかし、複数の裁判所で同時並行でバラバラにプロベート手続を進めると相互矛盾が生じかねません。
故人の死亡時の本拠地(Domicile)をどこか一つに特定しておかないと、②「財産所在地管轄」を持つ複数の裁判所の間で『本拠地(Domicile)』の判断が不一致となるリスクがあります。その結果、複数の裁判所のプロベート手続相互間で矛盾が生じかねません。
そこで、まず
①「本拠地管轄」を持つ裁判所が故人の本拠地(Domicile=ドミサイル)をはっきり決定してから、次に
②「財産所在地管轄」を持つ財産所在地の裁判所がプロベートを始めるのです。
このように、世界に一つしかない『本拠地(Domicile=ドミサイル)』の判断順序を整理して、複数の裁判所でのプロベート手続きに矛盾が生じるのを防いでいるのではないかと思われます(これはあくまで私なりの理解です)。
実際のところ、英米法の全ての国が①「本拠地管轄」を②「財産所在地管轄」よりも優先させているのか、両者を同時並行的で申し立てることを許しているのかについて、正確には分かりません。
世界には英米法の国(50か法域以上あり、米国内だけで全米49州の別々の法域があります。)が多すぎて、すべての国の実務について正確に整理した資料を見たことはありません(どこかに存在するかもしれませんが、、)。
実務的にも本拠地(Domicile=ドミサイル)でのプロベートを優先する
私の取り扱ったケースでは、香港に本拠地(Domicile)を持った故人の財産がケイマン諸島にあった時に、香港でのプロベートをケイマン諸島のプロベートに先行させた事案がありました。
細かいことはおいておき、上の事例をもとに要旨をまとめると次の通りです。
① 香港(本拠地)とケイマン諸島(財産所在地)それぞれに財産がある場合、それぞれの法域でのプロベートが必要となります。
② もしも故人の死亡時の本拠地が香港(Domicile)にあると、そのプロベート申立てについては香港が先(主)、ケイマン諸島が後(従)、という順序関係になります。
③ なお本拠地(Domicile)が英語圏になく、日本にあった場合は特に順序関係はありません。
このようにプロベートをするについての裁判所の管轄の根拠(ドミサイル/財産所在地)によって順序関係があるので、英米法のプロベートについては注意が必要です。
以上のとおり、少しマニアックでしたが、今回はプロベートを各国で申し立てる場合の順序関係、管轄根拠の主従関係についてご説明しました。
プロベート全般に関するその他の記事はこちら↓
⑦相続手続に関する日本法と英米法の根本的な違い(1)(プロベートが必須)
⑧相続手続きに関する日本法と英米法の根本的な違い(2)(国ごとのプロベート)
香港特有のプロベートに関する記事はこちら↓
⑩香港では遺産分割協議書だけでは相続できない(プロベートが必要)
⑮香港のプロベートにかかるおおよその時間
⑯香港の銀行・証券会社への口座残高の照会は結構難しい
㉗事例紹介:公正証書遺言のプロベート(香港の場合)
プロベートの回避方法・生前対策に関する記事はこちら↓
⑪香港の生命保険契約がある場合、プロベートは全く必要ない?
⑫(銀行・証券会社)ジョイントアカウントにはプロベートは不要
⑲海外財産の生前相続対策(1)(極力プロベートを回避すること)
⑳海外財産の生前相続対策(2)(資産管理会社について)
海外の信託(Trust)に関する記事はこちら↓
㉒海外の信託(Trust)について①~信託の歴史~
㉓海外の信託(Trust)について②~海外信託の利用~
㉔海外の信託(Trust)について③~信託の種類~
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