㉗事例紹介:公正証書遺言のプロベート(香港の場合)
更新日:2021.10.22
前回のテーマ㉖(日本で遺言を作る場合の遺言執行者に関する注意点)に続き、今回は、日本人の外国居住者が日本で公正証遺言を作った場合、海外でプロベートする際にどういった問題が生じるかについて香港を例にとって解説したいと思います。
少しマニアックで長くなりますので、どちらかというと専門家向けの記事となっています。
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目次
【事例の紹介】
遺言者は香港在住の日本人でした。遺言者は香港に長年住んで現地で会社を経営しておりましたが、
家族は日本に住んでおりました。
遺言者は日本と香港にそれぞれ財産を持っておりました。
香港には銀行口座の預金と自らが経営する香港法人の株式がありました。
遺言者は日本に一時帰国した時の検査で末期がん(余命3か月)と宣告されてしまったため、
知り合いの弁護士(法人)に依頼して急いで遺言を作ることにしました。
弁護士のアドバイスに従い、入院先の病院に日本の公証人に来てもらい、日本語で公正証書遺言を作成しました。
遺言では日本にある財産の分配方法を具体的に指定しましたが、香港の財産については特に分配方法を指定しませんでした。
その代わり遺言に
「第1条から第3条に記載した財産以外の、遺言者の有する不動産、動産、債権、現金等その他一切の財産を、妻に相続させる」
と記載しました。
なお、日本と香港に財産が多数あったため遺言執行が複雑になることから、弁護士法人を遺言執行者に指名しました。
遺言を作成してほどなく遺言作成者が亡くなり、相続が開始しました。
【公正証書遺言は香港のプロベートの対象となるか】
まずそもそも、上記のようなケースで作成された日本の公正証書遺言は香港のプロベートの対象となるのでしょうか?
結論から言えば、香港にある財産(銀行口座、香港法人株式)を遺族が相続するためには、この公正証書遺言について香港の裁判所でプロベートを経なければなりません。
つまり日本で作成した公正証書遺言はプロベートの対象となります。
なお、日本の抵触法である「法の適用に関する通則法」第36条によれば、
「相続は、被相続人の本国法による」とされています。
「同条によると本件は日本人の相続だから日本法が適用される。すなわち、プロベートは必要ないのではないか」
と考えるかもしれませんが、それは違います。
実務上、香港の金融機関等から故人の銀行口座残高を払い戻すためには、香港の裁判所によるプロベートの証明(Grant of Letter of Administration/ Grant of Probate)が必須です。
香港の金融機関に「日本の通則法が日本法を指定している」といくら説明しても決して応じてくれません。
また、この点を裏付ける法律的な根拠について、私は次のように理解しています。
香港を含む英米法(Common Law)の国では、相続(資産の承継・分配方法)の問題を考える前提として『プロベートの要否』を考えなければなりません。 『プロベートの要否』は『相続(資産の承継・分配方法)』の前提となる「財産法上の問題」(別レベルの問題)です。 抵触法ルールによると、財産法上の問題は財産が所在する場所(法廷地)の法律で判断しなければなりません。 財産所在地の法である香港法では、国籍や住所地(Domicile)に関わらず、香港にある財産を承継・名義移転する前提としてプロベートが必要とされています。 ですから、本件のような日本人が遺した香港内財産の相続(遺言)の場合も香港法に従いプロベートが必要となるのです。 |
公正証書遺言は日本語で書かれていますから、香港でプロベートをするためにはそれを全文英訳しなければなりません。また後半で書く通り、公正証書遺言をプロベートする場合にはいくつか難点があります。
【香港方式の遺言を日本国内で作成することができるか?】
では「たられば」論ですが、本事案のようなケースでは
『日本方式』(公正証書遺言)ではなく
『香港方式』(ワープロ打ちで本人署名+2名の立会人署名)
で遺言を作っておけばよかったのではないか、と考えられますが、遺言作成者が日本にいる時に香港方式の遺言を作ることは法律的に可能でしょうか?
結論から言えば、それは「可能」です。
香港には日本と同様「遺言の方式の法律の抵触に関する条約」(通称ハーグ条約)の効果が及んでおり、この条約の内容が既に香港において国内法化(Wills Ordinance (Cap. 30) 第24条)しています。
なお、(遺言の方式に関する)ハーグ条約の香港への適用の詳細についてはこちらをご覧ください。
したがって香港では、
①遺言作成地、
②遺言作成時又は死亡時の国籍地、
③遺言作成時又は死亡時の住所(Domicile)地、又は
④遺言作成時又は死亡時の常居所(Habitual Residence)地
のいずれかの法律の方式に従っていれば、その遺言は有効とされます。
本件では、遺言作成者は日本人ですし、作成地は日本ですので、作成時又は死亡時の国籍地の法又は作成地の法として日本法の方式に従っている場合、これは香港のプロベートにおいても有効とされます。
したがって、日本の民法969条による公正証書遺言は、香港においても有効とされます。
他方、遺言作成者は作成時及び死亡時に香港居住者ですから、住所(Domicile)地ないしは常居所(Habitual Residence)が香港にあると考えられます。
したがって、香港法の方式による遺言を「日本国内で」作った場合でもその遺言は有効とされます。
本来は日本と香港で別々の遺言を作るのがおススメ
以上の通り、たとえ日本人が日本で遺言を作った場合でも、香港の財産の相続については香港でプロベートすることが必要となります。
であれば、テーマ㉑の論考でもに述べた通り、本事案でも、香港の財産については最初から香港法の方式(英語)で遺言を作っておいた方が良かったと思われます。
つまり、
① 日本の財産については日本法の方式(公正証書遺言)で遺言を作り、
② 香港の財産については香港の方式で遺言を作る、
というように遺言を2つに分けておくのがベターだったと思います。
確かに、香港の財産と日本の財産について公正証書遺言で一つにまとめてしまうのは、厳密には間違いではありません。
しかし、次に述べる通り、日本の方式の遺言を香港でプロベートする場合実務的な難点がいくつかありますので、可能であれば上記のように2つに分けることをお勧めします。
本事例では、公正証書遺言で「第1条から第3条に記載した財産以外の、遺言者の有する不動産、動産、債権、現金等その他一切の財産を、妻に相続させる」と記載されていました。
このため、香港の財産がこの公正証書遺言に包摂されているため、この遺言書を香港でプロベートしなければなりません。
【日本の公正証書遺言について香港(海外)でプロベートをするための難点】
次に、日本の公正証書遺言を香港でプロベートする場合、実務的にどういった難点がでしょうか?
問題となる点は大きく分けて3つあります。
① 日本語で作られた公正証書遺言を全文翻訳しなければならないこと
② 公正証書遺言の原本は公証役場から持ち出しできないため、正本又は謄本を香港の裁判所に提出しなければならないこと
③ 遺言執行者の指定について、原則として「法人」を任命できないこと
以下にそれぞれ説明していきます。
1つ目の点(全文翻訳)は自明です。
公正証書遺言は日本語で作成されています(公証人法27条で日本語以外は不可)から、香港の裁判所(公用語は英語か中国語)に提出するためには、これを全文英訳(中国語訳)しなければなりません。
もっとも、香港でプロベートするためには、日本語で書かれた提出証拠類は全て英訳しなければなりません。
もともと戸籍などを翻訳する必要がありますから、これらと同時に公正証書遺言も翻訳すれば足ります。
したがって少し負担が増えるだけでクリアできます。
2つ目の点(遺言の原本提出)は少し技術が必要です。
公証役場の実務によれば、公正証書遺言は原本が公証役場に保管され、作成後にその正本(正本とは:原本の内容を完全に記載し、原本と同じ効力を持つ文書)が遺言作成者の手元に渡されます。
公正証書遺言の原本は公証役場保管用に1部しかありません。
紛失の危険がありますから、たとえ香港でプロベートするためであっても公証役場は保管している遺言原本の持ち出しを許可してくれません。
香港のプロベートのためには手元の正本を利用するか、正本が無ければ公証役場から遺言の謄本を発行してもらい、これを提出するしかありません。
他方で、香港のプロベート手続では、遺言執行人がプロベートにより裁判所から就任許可(これを「Grant of Probate」といいます。)を受けるためには「遺言書の原本」を裁判所に提出すべきこととされています。
実際には、提出された遺言書の原本に裁判所がプロベート許可の証明を添付することになります。
この許可証明を付するためには、原本を物理的に香港の裁判所に一旦提出せざるを得ないのです。
しかし、私の経験では「日本の公正証書遺言については公証役場で原本保管されているため、正本(True copy)又は謄本(Certified Copy)しか出せない」という点を宣誓書で説明することで、遺言の原本の代わりに正本又は謄本を受け付けてくれます。
したがって、この2つ目の点も技術的な問題としては容易にクリアすることができます。
【遺言執行者が弁護士『法人』や司法書士『法人』である場合の問題】
3つ目の点(遺言執行者が法人である点)については、少し、というかかなりややこしくなります。
香港法(Non-contentious Probate Rules(Cap.10A))では、Grant of Probateを申立てできる法人を、トラスト会社(Trust Corporation)など一定の場合に限定しています。
トラスト会社(Trust Corporation)以外の法人(外国法人を含む)が遺言書に基づいてプロベートの申立てをする場合、通常の「Grant of Probate」ではなく「Grant of Letter of Administration (with Will annexed)」の形式によるべきとされています。
この理由はよくわかりませんが、トラスト会社(Trust Corporation)などのような遺言に基づく信託業務などについて専門性を有する法人以外は遺言執行人(Executor)という責任の重い業務をなさせないため、Grant of Probateの申立てができる法人をそういったトラスト会社だけに発出しているのではないかと思います。
なお、日本では弁護士法人や司法書士法人はそれぞれ弁護士法、司法書士法によって認められた特別な形態の法人(持分会社)です。
この点。日本の弁護士法人や司法書士法人が香港のトラスト会社に相当するのか否か、という議論はあり得ます。
しかしそのような無益な議論をしても面倒なことになるだけですので、この点の無駄な作業を回避して、Rule (Non-contentious Probate Rules(Cap.10A))の通りに「Grant of Letter of Administration (with Will annexed)」の形式で申し立てるのが無難です。
また、そもそも法人がプロベートを申し立てる場合、実際には誰が申立に必要な宣誓書を作成(署名)するのか、という問題が生じます。
プロベートの申立てには、申立人個人が公証人(又は香港ソリシター)の面前で内容に偽りないとした宣誓書を作成して提出する必要があります。
法人は架空の存在ですから、こういった宣誓書を作成するには法人から適切な委任を受けた個人が宣誓書を作成しなければなりません。
解決方法としては、法人(弁護士法人又は司法書士法人)の決議によって個人の代理人を任命し、この代理人が遺言執行者に任命されている法人の代理人として宣誓書などの必要書類を作成することになります。この個人の代理人を任命するために委任状(Power of Attorney)を作成することが必要となります。
以上、少しマニアックな話になってしまいました。
端的に言うと、法人を遺言執行者に任命してしまうと、香港法との関係で申立て手続きが煩雑になり、代理人を任命するための委任状を作成(これも宣誓書の形式)しなければならないため費用が増大してしまいます。
つまり、香港のプロベートが関わる遺言を作る場合、遺言執行者は『法人』ではなく『個人』とした方が無難です。
弁護士や司法書士を遺言執行者に任命しようとする場合、『弁護士法人』や『司法書士法人』ではなく『弁護士個人』『司法書士個人』を遺言執行者に指名することをおススメします。
【以上をわかりやすく言うと、、、本事例での解決方法】
以上の通り長々と書いてきましたが、いくつかの問題点をクリアすれば、日本で作成した公正証書遺言を香港でプロベートすることは可能です。
私の扱った事例でも問題なく遺産管理状(Grant of Letter of Administration with Will annexed)を取得することができました。
この遺産管理状で香港の銀行口座の残高も日本の依頼者に取り戻すことができました。
しかし、日本で作った公正証書遺言を香港プロベートする場合、上記のような問題があり手間が余計にかかるため弁護士費用もかさんでしまいます。
「たられば」論ですが、このような無駄を回避するためには、
- そもそも日本の財産についての遺言(日本の方式)と、香港の財産についての遺言(香港方式)を別々に作っておけばよかった。
- 公正証書遺言を作るときに「第1条から第3条に記載した財産以外の、遺言者の有する不動産、動産、債権、現金等その他一切の日本の財産を、妻に相続させる」として、遺言の対象が香港の財産に及ばないようにしておくべきであった。
- 遺言執行人を『弁護士法人』ではなく『弁護士個人』や相続人のいずれか個人にしておけばよかった。
という反省点がありました。時間に余裕があれば、事前に我々香港弁護士に相談していただければよかったなと思います。
長くなりましたが、海外に財産がある場合の遺言の作成には、日本の専門家だけでは解決できない問題があります。
ですので、もしこのような問題でお悩みであれば、私弁護士絹川にもお問い合わせください。
プロベート全般に関するその他の記事はこちら↓
⑦相続手続に関する日本法と英米法の根本的な違い(1)(プロベートが必須)
⑧相続手続きに関する日本法と英米法の根本的な違い(2)(国ごとのプロベート)
⑨相続手続きに関する日本法と英米法の根本的な違い(3)(プロベートの順序)
香港特有のプロベートに関する記事はこちら↓
⑩香港では遺産分割協議書だけでは相続できない(プロベートが必要)
⑮香港のプロベートにかかるおおよその時間
⑯香港の銀行・証券会社への口座残高の照会は結構難しい
㉗事例紹介:公正証書遺言のプロベート(香港の場合)
プロベートの回避方法・生前対策に関する記事はこちら↓
⑪香港の生命保険契約がある場合、プロベートは全く必要ない?
⑫(銀行・証券会社)ジョイントアカウントにはプロベートは不要
⑲海外財産の生前相続対策(1)(極力プロベートを回避すること)
⑳海外財産の生前相続対策(2)(資産管理会社について)
海外の信託(Trust)に関する記事はこちら↓
㉒海外の信託(Trust)について①~信託の歴史~
㉓海外の信託(Trust)について②~海外信託の利用~
㉔海外の信託(Trust)について③~信託の種類~
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