㉘裁量信託(Discretionary Trust)と意向書(Letter of Wishes)
更新日:2022.2.8
日本ではあまりなじみが無いですが、海外信託(Trust)では比較的一般的な裁量信託(Discretionary Trust)と意向書(Letter of Wishes)について少し深堀りした話をしたいと思います。
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海外の信託(Trust)に関する記事はこちら↓
㉒海外の信託(Trust)について①~信託の歴史~
㉓海外の信託(Trust)について②~海外信託の利用~
㉔海外の信託(Trust)について③~信託の種類~
㉙裁量信託の意向書(Letter of Wishes) に書き込む内容について
㉚裁量信託(Discretionary Trust)と意向書(Letter of Wishes)の活用法
目次
日本語での「裁量信託」に関する情報は少ない。
このタイトルにある「裁量信託(Discretionary Trust)」と「意向書(Letter of Wishes)」という用語について日本語で詳しく解説したものはネット上ではあまり見当たりません。
そこで今回は、多少無謀ながらも筆者が実務で経験したことを元に 「裁量信託(Discretionary Trust)」と「意向書(Letter of Wishes)」 日本語でわかりやすく解説してみたいと思います。
なお「裁量信託」という用語は日本の信託法には規定がなく日本では比較的なじみが薄いですが、国税庁もHP等で裁量信託についての課税方法を検討しているなど、その存在は日本でも認識されています。
本稿では課税の問題は扱いませんから、裁量信託の課税リスクについてはしっかりと税理士等専門家と相談することをお勧めします。
そもそも「裁量信託」とは?
テーマ㉔で述べた通り、「裁量信託(Discretionary Trust)」とは、英米法圏の海外信託(Trust)のうちでも「受託者(Trustee)」の権限(自由裁量)が最大限に拡大された信託のことを言います。
「裁量信託(Discretionary Trust)」において、受託者(Trustee)は信託された財産を管理・処分するための「裁量(Discretion)」をもちます。そのため、受託者は、「一定の場合」を除き完全な所有者であるのとほぼ同じように信託財産を管理処分ことができます。
但し、信託財産から受けられる収益や利益などの受益権は、あくまで受託者ではなく受益者に帰属します。
このような「一定の場合」には、例えば「信託契約(Trust Deed)」において受託者の権利行使に一定の歯止めをかけるため『保護者(Protector)』の規定を置いた場合などがあります。
信託契約において、受託者が重要な管理・処分行為をする前に必ず保護者(Protector)の承認を取らねばならない、というような規定を置いた場合がこれにあたります。
このような制約に違反した場合、当然ながら受託者は信託契約違反の責任を負うことになります。そのような制約がない場合、受託者は自由な裁量判断で信託財産の管理・処分しても、信託契約違反の責任を負いません。
その結果、
① 裁量信託では、受託者は「自己判断・自由裁量」で受益者を変更したり、
② 受益者への配分方法や金額を変更したり、さらには
③ 信託の準拠法を変えたりすること
ができてしまうのです。
「裁量信託」では何らかの方法で受託者の裁量を制約する必要がある。
当然ながら、受託者の自由裁量に全く歯止めがかけられないままでは裁量信託を利用する人はいなくなってしまうでしょう。
富裕層のための資産管理の文脈では、『委託者=資産保有者』は、自分の資産を安心して信託することができなくなってしまいます。
そこで、「裁量信託(Discretionary Trust)」における信託財産の管理・処分について
- 受託者に裁量を与えること、
- 委託者(受益者)の意向を反映すること、
という二つの相反する要望をうまく中和するために「意向書(Letter of Wishes)」という文書が存在するのです。
「意向書(Letter of Wishes)」とはどのようなものか?
では次に、「意向書(Letter of Wishes)」とは、いったいどのようなものなのでしょうか?
まず「意向書(Letter of Wishes)」は「信託契約書(Trust Deed)」とは別個の書面です。
意向書を「信託契約書(Trust Deed)」と同時に作ってもいいですし、後日別のタイミングで作ってもかまいません。また下で述べる通り、信託設定後に意向書を何度も書き換えて更新していくこともできます。
また「信託契約書(Trust Deed)」は契約当事者である委託者と受託者及び受益者を法的に拘束する文書ですが、「意向書(Letter of Wishes)」は当事者(受託者を含む)を「法的には」拘束しません。
分かりやすく言うと、次のようになります。
受託者は「信託契約書(Trust Deed)」に違反したら信託契約違反として法的責任を負います。
他方で、受託者は「意向書(Letter of Wishes)」に違反したとしても、それは「(信託)契約違反」にはならないのです。
したがって、意向書に違反することだけでは、受託者には法的(契約違反)の責任は発生しないものとされます。
さらに「意向書(Letter of Wishes)」の内容は柔軟に変更できます。例えば「信託契約書(Trust Deed)」は、原則として信託契約に関係する全ての当事者(委託者、受託者、受益者)の同意が無ければその内容を変更できません。そのため、信託契約を変更するには全当事者による変更合意書の署名など、面倒な手続きが必要となります。
これに対し「意向書(Letter of Wishes)」は、委託者兼当初受益者が単独で作成するものですし、そもそも当事者を法的に拘束しませんので、変更手続きが容易です。
具体的には、信託が存続している限り、「意向書(Letter of Wishes)」を作成した人(委託者兼受益者)が亡くなるまでの間、自分の希望するタイミングでいつでも何度でも、単独で(容易に)内容を変更することができるのです。
このような「意向書(Letter of Wishes)」はどういう目的でつかわれるのかというと、裁量信託で信託財産の管理・処分について大きな裁量を与えられた受託者に、その自由裁量行使を制約するための「一定の指針を与える」ことにあるのです。
意向書は、委託者(兼受益者)と受託者双方にとってメリットがある
一般的な富裕層の資産管理において、裁量信託の「受託者」はプライベートバンクの関連会社である受託者会社(Trustee Company)が担当することが多いです。
また時には、 プライベートバンク とは関係がない独立系の受託者会社や、法律事務所と提携した受託者会社が、「受託者」の地位を担当することもあります。
これら受託者会社は、資産管理のサービスの一環として受託者になるのであり、当然ながら委託者兼受益者の財産を自由かつ勝手に処分したいわけではありません。
むしろ、クライアントである委託者兼受益者の意向に従って財産を管理したいし、そのようにすることでクライアントとのトラブルをできるだけ避けたいのです。
そのため、クライアントから「意向書(Letter of Wishes)」の形で明確な指示を与えてもらうことが必要だし、その方がトラブルを回避できて受託者自身の身を守ることができるのです。
裁量信託においても、意向書に従って信託財産を管理することで、依頼者(或いはその子孫である受益者)とのトラブルを回避しやすくなります。
上記のような理由で、信託契約書と異なり法的拘束力のない「意向書(Letter of Wishes)」であっても、受託者会社は積極的にその指針に従うインセンティブがあります。
他方、クライアントとしても、たとえ法的拘束力が無くとも「意向書(Letter of Wishes)」により自分の意向通りに受託者によって信託財産を管理・処分してもらえるという安心感が得られます。
このように、「裁量信託(Discretionary Trust)」という受託者に自由裁量を与える信託を設定する一方で、意向書を作成することにより、クライアントである委託者兼受益者と資産管理サービス提供者である受託者の間で非公式な(法的拘束力のない)指針を設定しておくことで相互のトラブルを未然に防ぐことができるのです。
「意向書(Letter of Wishes)」はいわば、そのような裁量信託における不都合を解消するための道具、ということができます。
意向書と遺言の類似点、相違点は?
ここまで書いてくると、「意向書(Letter of Wishes)」は、あるものに似ているように感じるのではないかと思います。そうです『遺言(Will)』に似ているのです。
遺言は、遺言作成者が単独で作成できます。
生きている間、遺言は何度でもいつでも変更できます。「意向書(Letter of Wishes)」も遺言と同様に、委託者兼受益者が生存中は何度でも、いつでも変更できます。
「意向書(Letter of Wishes)」と遺言の違いは、遺言は作成者が死亡して初めて効力を持つのに対し、「意向書(Letter of Wishes)」は、生存中でも受託者に対する指針としての効果を持つことです。このことから、 「意向書(Letter of Wishes)」は作成者が生前に意思無能力状態になってしまう場合にも活用できますが、遺言にはこれができません(テーマ㉙参照)。
意向書に記載しておけば、委託者兼受益者の生前から、受託者は意向書の内容の通りに信託財産を管理してくれるのです。
このように信託における「意向書(Letter of Wishes)」は、遺言に似ていますが、委託者兼受益者の生前から使える点で遺言よりも活用の幅が広いということになります。
裁量信託を利用する場合、「意向書(Letter of Wishes)」を同時に活用することで、委託者兼受益者は安心して財産の管理を受託者に任せることができる、というように理解していただければと思います。
今回は、あまり見慣れない言葉ですが、「裁量信託(Discretionary Trust)」における「意向書(Letter of Wishes)」についてお話ししました。
次回は 「意向書(Letter of Wishes)」 に書き込むべき内容についてお話しします。
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㉚裁量信託(Discretionary Trust)と意向書(Letter of Wishes)の活用法
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