⑲海外財産の生前相続対策(1)(極力プロベートを回避すること)
更新日:2020.6.24
テーマ①からテーマ⑱まで、日本人が海外で亡くなった場合の死亡後の手続きや、日本人の海外財産の相続手続きについて説明してきました。
これらは、日本人が亡くなった後にご遺族の立場から何をすべきか、ということを中心に説明したものです。
海外の相続手続きというものの大変さがある程度具体的なイメージでわかっていただけたのではないかと思います。
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目次
海外財産についても生前相続対策が大事
ここからは、亡くなった後のご遺族の相続手続きの大変さを減らすために、亡くなる前にどういった対策をするべきか、という被相続人の生前相続対策の観点で説明していきたいと思います。
テーマ⑦やテーマ⑩で説明した通り、日本人であろうとどこの国の人であろうと、海外に相続財産がある場合、各国ごとに相続手続きをしなければなりません。
相続財産が英語圏(英米法)の国にある場合、それらの財産が存する全ての国で『プロベート』と呼ばれる裁判の手続きが必要です。プロベートは最短でも半年、普通は1年、複雑な事情があれば数年間かかってしまう非常に面倒な手続きです。
プロベートの手続きが終わるまでは、相続人は相続財産(銀行口座の残高など)を自分で使うことはもちろん、財産を一切動かすことができません。
海外財産の相続対策として「極力プロベートを回避する」という視点が重要
そういう意味で、法律実務の観点からすると、海外財産の相続対策としては、「なるべくプロベートをしなくても済むように対策する」ことが非常に重要だと思います。
単に遺言を作るだけではプロベートを回避する手段になりません。
遺言がある場合は遺言執行者が裁判所に申し立ててプロベート手続きをしなければなりません。
別で説明しますが(テーマ㉑参照)、遺言は財産所在国ごと別々に作らないとかえって遺言がない時よりも面倒が増えてしまうことすらあります。
従って、海外財産を持った方が遺言を作るとする場合、財産所在国ごとに相続に通じた弁護士に依頼する必要があります。
プロベートを回避する手段は3つある
前置きは長くなりましたが、では、『プロベートを回避する手段とは何か』というと、次の三つです。
① 財産を共同所有名義(ジョイントアカウント・ジョイントテナンシー)で保有すること ② トラスト(Trust)を設立すること |
強いて付け加えるならば、
③ そもそも海外に財産を持たないこと |
もかなり根本的ではありますが、対策になります。
それぞれについて大雑把に説明します。
ジョイントアカウントと『生存者権』
まず①『ジョイントアカウント・ジョイントテナンシー)』ですが、これはテーマ⑥やテーマ⑫でも説明しました。
銀行口座や証券口座は夫婦や親子の「ジョイントアカウント」として共同名義で口座開設することができます。
また、不動産や非上場株式についても「ジョイントテナンシー」として共同所有名義にすることができます(非上場株についてこのようなケースはまれですが)。
ジョイントアカウント(ジョイントテナンシー)のほぼ唯一かつ最大のメリットは、たとえ口座名義人のうち一人が亡くなってもその財産は相続財産と別で扱われる、ということです。
すなわち、『プロベート』手続きをすることなく、生き残った方の名義人が単独の所有者として使い続けられる、ということがメリットです。これを『生存者権(Right of Survivorship)』といいます。
プロベートを回避するために、海外口座をあえてジョイントアカウントにしておくことや、
単独名義(シングルアカウント)の口座資金をジョイントアカウントにいつでも送金できるようにしておくことは、
『プロベート回避』のために有効な生前対策となります。
トラスト(Trust)もプロベート回避手段
次に②『トラスト(Trust)』ですが、これは少しコストがかかります。
簡単に言うとトラスト(Trust)とは個人の財産(信託財産)を受託者(Trustee)に移してしまうことです。
受託者は個人がなることもあるし、トラスト会社などの業者になってもらうこともできます。
財産をトラストした個人(委託者といいます)が亡くなったとしても信託財産は相続財産とは別扱いになります。
このため相続手続き(プロベート)をすることなく、遺族やその他の受益者が信託財産を使い続けることができます。
トラストは受託者に善管注意義務や信認義務(Fiduciary Duty)が課されるなど法律的に複雑ですので、設立や維持にある程度費用がかかります。
どちらかというと、プライベートバンク顧客などの高額な金融資産保有者や上場企業創業者(大株主)などの保有する規模の大きな財産を管理ために設立することが多いです。
したがって、比較的規模の小さな財産のためにトラストは得策ではありません。
当たり前のようだが、海外財産を持つこと自体をあきらめるのも一つの手段
最後に、③海外に財産を持たないこと、についてはそもそも自明ですが、若干補足説明します。
日本人が海外に財産を持つ目的が何かにもよりますが、
・海外の高利回りの金融商品に興味があるとか、
・日本だけでなく別の国に財産を持つことで地域リスク分散を図る、
といったことがあるかと思います。
しかし、金額的にあまり大きくない財産を海外においておくと、テーマ⑧で説明した通り、財産がある国ごとで相続手続き(プロベート)をしなければならないため、利回りなどの利益よりも却って相続コストの方が高くつきます。
海外に口座を開けて財産を移す前に、その国の相続制度とそのコストについてもしっかり理解しておくべきです。
相続が発生した場合のコストやデメリットもしっかり考えて、あまり費用対効果が低いようであれば、海外の銀行口座や証券口座残高などは閉鎖して、全て日本国内に戻してしまうことも一考に値します。
このような考え方も立派な戦前相続対策といえますので、あえて書いておきます。
以上のとおり、海外に財産を持つ場合の生前相続対策としては、どうやって各国ごとの『プロベート』を回避するか、が非常に重要となることを説明しました。
プロベート全般に関するその他の記事はこちら↓
⑦相続手続に関する日本法と英米法の根本的な違い(1)(プロベートが必須)
⑧相続手続きに関する日本法と英米法の根本的な違い(2)(国ごとのプロベート)
⑨相続手続きに関する日本法と英米法の根本的な違い(3)(プロベートの順序)
香港特有のプロベートに関する記事はこちら↓
⑩香港では遺産分割協議書だけでは相続できない(プロベートが必要)
⑮香港のプロベートにかかるおおよその時間
⑯香港の銀行・証券会社への口座残高の照会は結構難しい
㉗事例紹介:公正証書遺言のプロベート(香港の場合)
プロベートの回避方法・生前対策に関する記事はこちら↓
⑪香港の生命保険契約がある場合、プロベートは全く必要ない?
⑫(銀行・証券会社)ジョイントアカウントにはプロベートは不要
⑳海外財産の生前相続対策(2)(資産管理会社について)
海外の信託(Trust)に関する記事はこちら↓
㉒海外の信託(Trust)について①~信託の歴史~
㉓海外の信託(Trust)について②~海外信託の利用~
㉔海外の信託(Trust)について③~信託の種類~
㉘裁量信託(Discretionary Trust)と意向書(Letter of Wishes)
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